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Heaven's Cafe

キリシタンのあしあとを求めて・・・♪

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01/31のツイートまとめ

tenjounoao_yume

2月3日号紙面:無限の世界に神様の大きさ感じた 数学者、日本大学短期大学部助教  https://t.co/uyIlmkzedd
01-31 16:51

【宗教リテラシー向上委員会】 「会いに行ける」時代の課題 池口龍法 2019年2月1日 | キリスト新聞社ホームページ https://t.co/swq034Xd0U
01-31 16:46

骨を拾う 後藤健二さん最期の地を探して-新田義貴 https://t.co/F0R4gnDXmW
01-31 09:54

アウグスティヌスとキリシタン!

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さーてと、アウグスティヌスが出てきたら、彼とキリシタンとの関わりについて触れないわけにはいきませんよね!(最初からそれが語りたかった?w

1591(天正19)年。加津佐で出版された「丸血留の道」にはアウグスティヌスへの言及が数か所あります。

「アグスチノ(キリシタン)ニ成リ玉ハザル以前ヨリ大学匠ニテ、此御法ヲ云イ崩サントシ玉ト雖、御主御堪忍深ク在マスガ故ニ、命ノ隙ヲ延ベ玉也。其レニ依、(キリシタン)ニ成リ、ビスポノ位ニ任ゼラレ、ド当留トテ恵化(エケレジヤ)――ヲカカヘ玉フ強キ柱ト成玉也」(海老沢有道編「キリシタン書、排耶書」)と、シンプルだけど適切な説明が。

またスペイン人ルイス・デ・グラナダが著し、日本語に訳されたキリシタン版「ぎやど・ぺかどる」にも「サントアウグスチノ」「さんとあぐすちの」という名でしばしば出てきます。

アウグスティヌスの作った会則に基づく修道会アウグスティノ会はキリシタン時代に来日し、長崎に教会を建てて活動していたので、彼のことは名前だけでなく、伝えられる話の中にも現れ、知られていたのでしょう。

2008年に列福された金鍔次兵衛もアウグスティノ会の神父でした。日本人信徒によく読まれた「どちりなきりしたん」にもアウグスティヌスの思想の影響が認められるといわれています。

明治になると、日本は西洋の進んだ文化を受容し始めたので、その流れでキリスト教関係の思想も紹介され、アウグスティヌスのことも取り上げられるようになりました。

訳書や小伝が出され、大西祝や北村透谷らがアウグスティヌスについて述べています。次いでより詳しく研究する者たちが出てきて、岩下壮一や吉満義彦らが優れた業績を残しました。

多くの人がアウグスティヌスの著書を読み、思索・研究したわけですが、中でも注目したいのは西田幾多郎と矢内原忠雄。西田は「善の研究」において、アウグスティヌスの言葉を引用し、高く評価しています。

矢内原は1937(昭和12)年、東大教授の職を追われ、自宅で私塾を始めたのですが、その最初の講義で取り上げたのがアウグスティヌスの著作でした。

矢内原は、アウグスティヌスを学ぶことが「われわれにとりて生活の現実の力」となると言っています。・・・うーん、凡人たる私には言い得ない言葉ですね。

しかし、このように長きにわたり日本人に影響を与えてきた人物だということは分かります。キリシタン時代からざっと400年ですか。

信仰の先輩たちが「アグスチノ様」と呼んで尊敬していた人を、今自分が「アウグスティヌスすご!」と思っている――。些細なことかもしれませんけど、また一つ、キリシタン時代の信徒たちとのつながりを見つけたような気がしてうれしかったりします٩(๑❛ᴗ❛๑)۶


講談社「人類の知的遺産」の一冊「アウグスティヌス」

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講談社刊「人類の知的遺産」全集の一冊「アウグスティヌス」を、図書館で手に取ってみたら、あまりに面白くて、そのまま5時間一気読み。(さすがに座りはしましたが(^_^;)
本を読むのにも「時がある」んだなと思いました。

名前とプロフィールくらいは知っているつもりでしたが、アバウトに知っているのとちゃんと知るのとでは大違い。驚きの連続でした。特に生涯の前半は、「この人大丈夫?」と思うような感じで、この後どうやって聖人になるんだろうと思ってしまうほど。

アウグスティヌスが生きていたのは4〜5世紀の地中海世界。この頃キリスト教は、東方教会の方が勢力が勝っていて、公会議のほとんどがニケアなど東方で開かれていました。

コンスタンティヌス帝が313年にキリスト教を公認しましたが、帝の息子たちは異端的キリスト論を主張するアリウス派を支持し、その後に現れたユリアヌスも背教者となるなど、キリスト教の置かれた状態は安定していませんでした。

そんな中、アフリカのヒッポ・レギウスに生まれたのがアウグスティヌス。両親はローマ市民権を持っていましたが、母モニカはベルベル人系で、父はローマ人でした。母は信仰深かったことで知られますが、父はどうだったかというと、死の直前になって受洗したのだとか。

その頃のアフリカでは、洗礼後に罪を犯すのを恐れ、死の直前に受洗するのが通例だったそうで。うーん、という感じです。

さて青年になったアウグスティヌスは、17歳で同棲し、18歳になる頃父親に。この時の女性とは15年間一緒にいましたが、結婚しませんでした。そのことは何となく知ってましたが、マニ教会に9年間もいて、説教もし、友達を導いたりもしていたことは初耳。

出世と真理探求のためにローマに行き、そこでアンブロシウスと出会ったことから、(アウグスティヌスにとっての)回心の物語が始まります。

ただし相変わらず女性関係は不良で、子供をもうけた女性が去って行ったので(モニカ大喜び)、財産家の娘と婚約しましたが、彼女が結婚年齢の13歳に達していなかったため2年待たねばならず、他の女性に近づいて情欲を満たしていました。。

387年、ミラノ大聖堂でアウグスティヌスは、息子と親友と共に、アンブロシウス司教から受洗しました。キリスト教の著作を著すようになり、説教家としても知られていきます。

死の床にある母と宗教対話をして、更に信仰を深め、父の遺産を処分して修道院を作りました。391年にはヒッポ・レギウスの司祭に就任。死ぬまで40年間務めました。

ついで司教にもなったので、訴訟まで扱うことになり多忙を極めましたが、再洗礼の必要性を説くドナトゥス派と戦い、「告白録」「三位一体論」などの多くの著作を残しました。

しかし時代は大きな転換期に差し掛かっており、ローマ劫略が起こりました。そしてヒッポ・レギウスも、430年、ヴァンダル族に包囲され、抵抗戦の最中、アウグスティヌスは死去しました。

最後まで懺悔と賛美以外口にせず、76歳で逝きました。しばし後、ヴァンダル族がなだれ込み街は破壊されましたが、アウグスティヌスの建てた修道院と図書館は残ったのだとか。墓はイタリアのパヴィアにあるそうです。(←ちょっと行ってみたい♪

サマリーを書くつもりなどなかったんですが、勢い余って書いてしまいました。自分用ですね。しかし想像以上に波乱万丈で、いえ、宗教的にも私生活的にもすごい振れ幅の大きい人生で、目を丸くして読むしかありせんでした。

全集ものでは、我が家にも「アウグスティヌス」があるのだけど、編著者のお陰か、こちらの方が面白いですね☆


01/29のツイートまとめ

tenjounoao_yume

著者の言葉をしっかり載せてくれていていいなと♪ #赤神諒 #酔象 https://t.co/yeqzu6IMau
01-29 10:04

シルクロードのキリスト教徒

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文化庁の協力事業にともなう国際シンポジウム「シルクロードを掘る」の2日目は、怒涛の研究発表9連発。会場には通訳ブースがいくつも設けられ、通訳レシーバーのチャンネルを合わせると、日本語、中国語、韓国語、ロシア語で同時通訳を聞けるようになっています。

会場に来ている人も各国様々で、私はこんなに多くのキルギス人を一度に見たのは初めて。それだけでも刺激です。さてこの日、他の用事をキャンセルしてまでして来たのは、中国人研究者による発表「クラスヤナ・レーチカ遺跡における2018年の考古発掘」を聞きたいがため。

クラスヤナ・レーチカは、2014年に世界文化遺産に登録された「シルクロード:長安-天山回廊の交易路網」(シルクロードの遺跡群のうち、中国、カザフスタン、キルギスの3か国33資産で構成されている )の一つ。日本での知名度はイマイチですが、重要度は世界レベル。

この遺跡で発掘された物のなかに、キリスト教の物があったというのだけど、日本でこの遺跡や遺物について情報を得ることは困難で、ネットを駆使しても世界遺産を構成する一つであることくらいしか分かりません。そこで実際に発掘に携わった研究者から話を聞こうと思ったわけです。

来場者にはあらかじめ講演内容が記述された資料集が配布されるのですが、「外国人発表者の分は翻訳が間に合わなかったことをお詫びします by主催者」とのことで、原稿は発表者の言語でのみ。

同時通訳があるとはいえ、今原稿のどこの部分を話しているのか、追うのが大変でした。しかし漢字があるので多少は意味が分かりました。中国文明マンセー(万歳。

さて本題。クラスヤナ・レーチカはどんな古代都市だったかというと、多様な文化が花咲く多民族社会だったそうで、宗教的には主に、仏教、ゾロアスター教、キリスト教が信仰されていたとのことでした。一番勢力があったのが仏教で、三つの寺院と、巨大涅槃像の一部、色鮮やかな仏教壁画などが出土しています。

キリスト教はというと、キリスト教墓地が発見され、そこから墓石と、何点もの銅製十字架、石製十字架が見つかっています。発表では写真を見ることができたのですが、会場内撮影禁止ということで、お見せできないのが残念です。

私は今まで見たことがない遺物で、大きくはないけれどとても美しいものでした。景教の特徴である、末端に向かって広がる十字架の形を確認できました。これはやはり景教徒のものと考えて間違いなさそう。

世界遺産に登録されたキルギスの構成資産は、碎葉城(=スイヤブ。アクベシム)、ブラナ、クラスナヤ・レーチカの三つ。このうち今までの調査で分かっているだけでも、スイヤブとクラスナヤ・レーチカにはキリスト教徒が居住していたことが分かっています。

シルクロードには点々と教会堂が建てられ、随分と多くのキリスト教徒がいたんでしょうね。

私は国内のキリスト教史跡を中心に、海外も少しだけ回って来たけれど、知れば知るほど広い世界だなと思いました。歴史的にも、地域的にも。そして自分が信じているものを、その人たちも同じように信じていたことを思うと、あまりに不思議で、言葉にできない感興が・・・。この湧き起るものから、また勉強を続けていきたいなと思いました♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪

尚、帝京大のこちらのページからは、スイヤブ(アクベシム遺跡)の発掘映像を見ることができます。良かったら↓
http://www.teikyo-u.ac.jp/affiliate/research/sr.html


01/27のツイートまとめ

tenjounoao_yume

最近は外で食べること多め。街の食事処はとまり木のようですね😉 https://t.co/Vxf5746sSn
01-27 14:51

01/25のツイートまとめ

tenjounoao_yume

常設展も良いですね。普段は17:30までなんだけど、今日は夜間公開日。旧約聖書に出てくるバアル神、発見。旧約の世界観が感じられる···と、いいいな(*^^*)#オリ博 https://t.co/XuuCQlkLAK
01-25 18:51

古代オリエント博物館。今日はナイト講座で十字軍とビザンツ時代の教会堂について学びます。満員御礼みたいです☆#オリ博 https://t.co/OtGCV87V3M
01-25 18:45

国際シンポジウム「シルクロードを掘る」at 帝京平成大学https://t.co/ufYA8xbUIN#景教 #シルクロード #遺跡 https://t.co/cHgUElMUNs
01-25 13:53

景教研究者の川口一彦牧師のお供をして、中野の帝京平成大学へ行って来ました。シルクロードでも景教の遺跡が多く発見されているのでその辺が聞きたくて。キルギス、中国、韓国、日本の研究者が集合。日本人が少なめなくらい。国際的な協力体制で研究が進められているようですね。#シルクロードを掘る https://t.co/RUnj3n4xa6
01-25 13:16

中野駅周辺は綱吉時代の犬屋敷跡。中野区役所前でそのオブジェ(記念像)を発見しました。わんこが通行人に遊んでもらおうとしているような。いや、吠えかかってるのもいるか···(^o^;)相当広かったようですね。さりげなく歴史感じる物をおいてくれているのがうれしいです。#中野区役所 #犬屋敷 https://t.co/M4xgjFjTMY
01-25 13:10

国際シンポジウム「シルクロードを掘る」at 帝京平成大学

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シルクロードを掘る」のプログラムは、午前中3つの研究発表と、午後5つの講演と、ボリュームたっぷり。

文化庁の協力事業で帝京大学も力を入れているので、厚い資料集に帝京大シャーペン、スイヤブ遺跡の発掘DVDまで付いて、お値段なんと3980円!···ではなく、無料。皆様の税金のお陰で学ばせてもらっています(^_^;)

帝京大学文化財研究所では、キルギスにある国際交易都市スイヤブの発掘調査を継続的に行っていて、そこから目を瞠るような美しい花文様の石敷きが見つかっています。

そして!その都市の中に近年キリスト教の教会があったことが明らかになり、そこから古い聖書まで発見されたのだとか。

残念ながら、山内和也氏による講演「スイヤブを掘る」ではその点は触れられていなかったのですが、予め配布された原稿には、その記述が。

東方教会の教会堂は、5〜6世紀に建設された第一シャフリスタン区域内、南東隅に位置していたようです。この街をソグド人クリスチャンが歩いていただなんて、ああロマン。

原稿には、「東方教会」「ストリウス派キリスト教」(ネストリウス派の誤植かと)、写真画像には「ネストリウス派キリスト教」とあり、東方教会とネストリウス派が混同されているようですね。

その辺の正しい認識が広がるといいですねと、一緒に行った川口牧師と話したりしました。


01/22のツイートまとめ

tenjounoao_yume

教会の転用が河南以外の省に広がる https://t.co/JR32L5DmDN
01-22 18:18

とても清々しい笑顔でバイオリンを弾いているのが日本人のシスター・アリサ。 https://t.co/YpbAbx0fub
01-22 17:12

「どなたでもご参加ください」「入場無料(席上献金あり)」など、謎のキャッチコピー・・・w
01-22 13:13

【宗教リテラシー向上委員会】 多様なセクシャリティの気づきへ 川島堅二 2019年1月21日 | キリスト新聞社ホームページ https://t.co/DScZ2cmz9g
01-22 13:12

【伝道宣隊キョウカイジャー α】 「伝道集会」をぶった切る キョウカイブラック 2019年1月21日 | キリスト新聞社ホームページ https://t.co/cXX3UXTk0S
01-22 13:11

青学でのシンポジウム「和解と人権〜ナショナリズムと和解」二部

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青山学院大学で行われたシンポジウム「和解と人権〜ナショナリズムと和解」の二部はパネルディスカッション。パネリストは基調講演をしたナイジェル・ビガー氏と、山本俊正(関西学院大学)教授、森本あんりICU)副学長、押村高(青山学院大学)副学長で、モデレーターが藤原淳賀(青山学院大学)教授でした。

 

私は森本氏の名前しか知らなかったんですが、皆さんすごかったです。普通に英語で議論してて・・・って、そういうことじゃなくて、内容が高度で深くて。でも難易度が高いのに面白いんですよね。知的なプロレスのように感じました(←?w)

 

まず藤原氏からの紹介に続いて各氏が1015分ずつ話したのですが、森本氏はゆるしと和解について「ゆるしとは人間の能力だと考えている」と述べていました。デリラやボンフェッフアーの言葉を引用しながら、ゆるしは正義の等式を壊すものであり、被害を受けた者だけにできるギフトだと説明。北森嘉蔵の「神の痛みの神学」では、神の愛はゆるすことができない者をゆるすことだとしていると話しました。そして、不完全であっても正義が全くないよりはいいと、締めくくりました。

 

次にマイクを持った山本氏は、ナショナリズムに関してから話を始め、日本の近代的国家は国家神道と結びつくことで補完され、強化されてきたと指摘。伊藤博文はヨーロッパにおけるキリスト教のように、国家の基軸となる思想を探して、キリスト教に代替するものをして皇室をナショナリズムの中核に据えたと述べていました。

 

押村氏は、ビガー氏の論じた和解のプロセスについて、東アジアではそのようにうまくはいかないとし、和解を阻む5つのものを挙げていました。

    互いの謙虚さ不足。ヨーロッパでは各国が互いに加害者であり被害者だが、近代では日本が一方的に加害者であることも異なる点。

    東アジアでは正義が全て自分の側にあると考える。中国は絶対的正義が自国にあると主張。

    謝罪疲労。歴代の日本総理らが反省・お詫びをしているが、繰り返しても解かれない。それを見ていて市民は、いつまですればいいのかと謝罪することに疲れている。

    ポピュリストや一部の政治指導者の発言が、対立の冷却を阻んでいる。

    加害者自身が被害者であること。日本は加害側だけれども、日本人は戦争や原爆の被害者であり犠牲者。また東京裁判で有罪となり終わっていると考える。

押村氏の挙げた点は非常に正鵠を射たものだと思いました。

 

ここでモデレーターの藤原氏が「かなりセンシティブな内容に踏み込んでくれ、重要な話が出ていると思います。議論が深められたら」と、ビガー氏に話を振り、それぞれの意見に対してビガー氏が応答しました。曰く、「(森本氏へ)加害者は許される権利がない。ゆるしには憐れみが必要」、「(山本氏へ)ナショナリズムは英語ではマイナスのイメージ。神道はローマの宗教に似ていると思う」、「(押村氏へ)被害者であることを政治的に利用する謝罪疲れはヨーロッパにもある。若いドイツ人はもうこりごりだと言っている」と。

 

そこからビガー氏が改めて歴史的な和解について考えるところを述べていました。議論する際には、時代の移り変わりを考慮しなければならないとし、例えば奴隷制は、かつては負けた方の兵士は殺されていたので、殺すよりは奴隷にしてはといわれたのだと。また50年前はゲイをよくないと言っていたが、今は違う。過去を判断する時に、21世紀初頭の価値観だけで言うことができないのだと話していました。

 

そこで山本氏がゆるしに関して、「先ほどゆるしは悔い改めを前提とするという話があったが、日本はまだちゃんと悔い改めていないと映っているのかもしれない。感情的に責任を考えてはいけない」と発言し、丸山真男を引用。

 

押村氏は「いい業績だけ引き継いで、悪いことを引き継がないというのではいけない。互いの意見しか言わないというのでなく、意見がクロスする必要がある。日本国内でも様々な意見がある」と話しました。

 

それらを受けてビガー氏が言っていたのは、「感情的になってはいけない。愛国者は自分の国が批判されると辛い。しかし対応は感情的にしてはいけない」ということ。最後に森本氏が「道義的責任は取ろうとしても取りきれない」とまとめていました。

 

このような議論を聞きながら、ぼんやり参加した私の中にも、各ポイントが整理され像を結ぶようになりました。つまり、「ゆるし」には、加害者の悔い改めが前提条件だとするという見方が妥当で、和解のプロセスを阻む要素には押村氏が列挙したものがあり、補償や責任は取ろうとしても完全にはできない、ということ。

 

そして愛国者は(ナショナリストではなく)、感情的にならずに判断し、歴史に向き合うべきだと。この先に、個々人が取る政治的スタンス、そして和解に対する国家レベルの歩みが期待されるのだと思います。

 

最後に、会場からの質疑応答が受け付けられ、数人が質問したのですが、その一人が現役の女子高生で、パネリストの表情は一気に軟化。質問に答えた上で、「是非わが校に入学してください」とか、「これからこういった本を読んでみてください」とか、父兄か教師モードになっていました。一瞬、「はぁっ?」と思いましたが、会場に流れる空気の爽やかには、私もほだされました。うん、シンポジウムは雰囲気も大切。どれだけ深い議論をしたとしても、後味悪く帰ったら、そこから始まるものが変わってしまいそう。これで良かったんだろうなと思いました。その点には、最初と最後に主催者がしていたお祈りも、目に見えない作用をしていたのかもしれないですね。頭は重くなったけれど、気分は軽やかに帰った夕べでした☆


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由愛(ゆめ)

Author:由愛(ゆめ)
キリシタンのあしあとを求めて旅するサイト『天上の青』の管理人をしています☆

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