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コロナの徒然に東北6県の殉教者数を調べてみました。

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     東北6県の殉教者
   概数(記録で確認できる数)
青森:90人(82人)
秋田:150人(137人)
岩手:540人(523人)補正→360人
宮城:130人(115人)補正→310人
山形:200人(192人)
福島:185人(178人)
合計:1295人(1227人)

コロナの徒然に東北6県の殉教者数を調べてみました。( )内が記録で確認できる数で、牢内で拷問を受けて亡くなった人や記録に漏れた処刑を勘案して、概数を出しました。もちろん正確な数は神様しかご存知でないことで、記録が全てではないのですが、それでも大体の殉教者数を出さないことには、それ以上のことを考えていけないので。

殉教者数が一番多いのは岩手県、二番目が宮城県、三番目に山形県で、人数に間違いがあっても順位の入れ替わりはないだろう思います。ただし、現在は岩手県内になっているけれど、1600年代には仙台藩だった地域があり、そこが大殉教地であるため、補正が必要です。

その地域の殉教者をざっと360人として、それを按分した数を、岩手から引き、宮城に足すと「補正→」と書いた人数になります。それでも順位は変わらないですね。「殉教者が多いからって何?」と思う方もいると思いますが、岩手県に殉教地のイメージがある人は少ないことでしょう。概数であっても数を出すことで、そういったことが見えてきます。

また東北は全県に多数の殉教者がいたことも、特筆すべきことです。九州は、長崎は別格ですが、宮崎県などは殉教者(伝承)が1人で、東北のように全県で多くの人が殉教したわけではありません。
しかしこの「殉教者」を、「死んだキリシタン」と勝手に定義して、「ここには数多くの殉教者がいた」と言い、その証拠がこれだと自分が「キリシタン遺物」だと主張する石造物を挙げる郷土史家もいて、そういった所では無茶苦茶な「殉教地(者)伝説」が作り出されています。

歪曲された歴史認識で、自分の地元を「すごい!他所にはない歴史があった」と持ちあげて興奮する人たちはハッピーなんでしょうけど、正しく知ろうとする人には妨げになり、根拠を挙げて反論すると感情的に噛みつかれます。(攻撃がひどいので、私も辟易して言わなくなっていますが、それが相手の思う壺なんだろうなぁ。。)

「信仰のゆえに処刑された、あるいは死に追いやられた、かつ武器を持って戦うなどしていない」という定義で「殉教者」を捉えることくらいは全国的なスタンダードになればいいなと願っています。

さて、東北に話を戻しますと、各県それぞれの布教ルート・浸透ルートがあり、布教にあたった者も様々です。宣教師・日本人同宿はわかるとして、キリシタン城代・銀山奉行など支配層が布教した県があり、青森などは流配されて来た者が宣べ伝えて広がっていきました。

東北全体に共通するのは、禁教令が出されてから福音が入り、それを承知で人々が入信していったこと。そこに東北人の特長もあるのかもしれません。概数のようにざっと布教ルートを区分するなら、

・仙台藩に来た宣教師から布教していった→山形、秋田、岩手
・独自に広めていった→福島
・流配者から→青森

となり、秋田だけは、宣教師・同宿からと銀山に流れ着いた全国のキリシタンからというハイブリッドで、両者を合わせて久保田城下で処刑していました。
各県の歴史があり、それぞれの十字架があると言うことができる気がします。東北のキリシタン史に影響を与えた仙台藩と伊達政宗については、「キリシタンを保護して、いいことをした」という誤解があります。どこがどう誤解なのかは、長くなるので明日にでもまた☆彡
※写真は山形県の米沢です

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