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山口陽一氏の講演「キリスト教と象徴天皇制」

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2.11は船橋高根教会で行われた山口陽一氏の講演「キリスト教と象徴天皇制」へ。タイトルからして重いです。面倒な話で、聴いて恵みになるはずもなく、頭痛くなりそうで、正直スルーしたかったです。


考えない方がラクなのは火を見るよりも明らか。大体私みたいな一般人が聴いても何になるんだろうという疑問も浮かぶし・・・。でも行きました。知らないから知ろうと思い(そこシンプル)。


※注)以下、政治・イデオロギーの話をバンバンします。天皇がなんだとかめんどいわ、そういう話題キライという方は読まないことを推奨いたします<(_ _)>


感謝の言葉で始まった山口氏の講演は、柔らかい口調ながら鋭かったです。糾弾するような厳しさだったら盾ではね返すのでしょうが、防禦の必要すら感じない柔らかいもので、知らず知らずのうちに胸を突かれる感じでした。


はじめに山口氏は吉岡繁と松谷好明の著書を引用し、今日話すことの概要を示し、塚田理が、天皇制は日本の「原罪」だと言ったことに触れて、私たちが自分の中にある天皇への奴隷根性のようなものを目をそらさずに見る必要があると述べました。


奴隷根性とは、イスラエルの民がエジプトの奴隷から解放されたのに、安楽さを求め、エジプトの奴隷状態を恋しがったことを言います。そのように、本当の神様を知らないと天皇制の中に浸かっていること(原罪の中にいること)は実に心地よく、反対に、神の民として生きていくことは戦いでもあるのでラクではないから昔に戻りたがるということです。


まことの神と福音を知らない日本人にとって、天皇は誇りでアイデンティティーだろう、「天皇制はあった方がいい」という声が、内から聞こえてくるのは、日本人がすべからく持つ感覚ではないかと山口氏は話していました。


結論としては、「だけどそこから抜け出して、自立した人間として生きていこう」ということになりそうですが、その結論に至る前に、天皇制の始まりから戦争、戦後の「人間宣言」から現在までの流れを一つひとつ振り返って論じていきました。問題がどこから起こったか知らなければ、解けないからでしょう。ここではポイントだけ挙げます。


1.歴史の中の天皇制:645年の「大化」が最初の元号で、天武のときから天皇という称号が用いられた。1466~1687年までは大嘗祭も途絶。しかし明治政府は天皇を機軸とする祭政一致の近代国家を目指し、1869年天皇は初めて伊勢神宮を参拝。新嘗祭など3つの祭祀を除く祭祀は1908年に新設。次第に「現御神」「現人神」と絶対化される。


2.天皇制と教会の罪責:明治政府は「天皇教」の神社を宗教ではないとした。プロテスタント諸教会は「宗教でない」という言葉に乗っかった。1941年日本基督教団「教団規則」は「皇国ノ道ニ従ヒテ・・・」。富田統理は伊勢神宮に参拝して新しい教団の発展を「希願」した。


敗戦後最初の統理指令は、天皇に仕える力が足りず戦争に敗れたことを懺悔するもので、キリスト教会において自らの罪責(神ならぬものを神とした)の認識が希薄だった。


3.象徴天皇制の成立とキリスト教:GHQの「神道指令」によって国家神道は解体されたが、占領政策上の必要から天皇制は残された。様々に関わったクリスチャン(河井道、一色ゆり、賀川豊彦、南原繁、高木八尺、田中耕太郎、植村環、前田多門、斎藤勇、矢内原忠雄)。


日本のキリスト教は戦時下に天皇制のゆえに苦しめられたにも関わらず、象徴天皇制の成立に貢献した。それはイギリス王室をモデルに、神格化を否定した天皇を道徳的規範として持つ民主主義を理想としたからだった。しかしこれは祭祀王としての天皇の危険性を十分に認識していなかったからであり、戦時下に神ならぬものを神と並べた罪の無自覚の裏返しでもあった。


4.象徴天皇制を護持した「平成」:明仁天皇は象徴であることを意識したが、同時に「象徴的行為」を増やし、国が決める国事行為を大幅に超えた。マスコミは、天皇夫妻の人間的な面やそこでの「祈り」を好意的に報道するが、これは祭祀王としての行為。昭和天皇・明仁天皇は皇室祭祀に熱心。


キリスト教会は、天皇制に関する戦争責任と共に、戦後責任も大きく捉える必要がある。


5.天皇と天皇制の神学的検討:今も「皇室典範」「皇室祭祀令」などがふつうに運用されているが、これらは本当は日本国憲法施行前日に廃止された。しかし施行当日に当時の宮内庁長官官房文書課長が出した通達により、「従前の規定が廃止となり、新しい規定ができてないものは、従前の例に準じて事務を処理すること」とされ、現在に至っている。つまり戦前のものをそのまま使っていて問題。


近年、日本や日本の教会の戦争責任を問う取り組みを、「自虐史観」「反日左翼の宗教」と呼ぶ言説が広がっている現れた。「日本を愛するキリスト者の会」は日本の歴史・伝統を「贖いの賜物」と言う。


まとめとして山口氏は、皇帝礼拝という国家的偶像礼拝を拒否した教会に倣いたい。しかし全ての人が救われることを望む神様なのだから、そこから何人も漏れはしない(天皇が救われるように祈ることは間違ってはいないと思う)。ただしキリストが王となられる新しい天と地に天皇が天皇としている余地はない、と話していました。


そして象徴天皇に頼らない自立した人間となり、国となり、政教分離を守る務めを果たし、キリストだけに救いがあることを証しし、神のみを礼拝しましょうと、聖書の箇所を挙げて結んでいました。


(ここまでポイントだけで誤解を招いたらすみません。私の抽出と判断が間違っている可能性もあるので、詳しくは山口氏の著書でご確認ください。私は質問されても答えられません)

――――――

お昼休憩を挟んで質疑応答が行われ、塚田のいう「自己完結的国家」とは何なのか、「天皇をハンコを押す人と考えればいいのでは?」など、突っ込んだ話がされていました。皆さん積極的で、特に若い人がよく手を挙げて質問していて頼もしく感じました。「考えが生きている」なと。


質問者に対する山口氏の答え方にも学ぶものがありました。相手の話を受け止めて、話すという一種の技なんですが、それがあると相手も納得して話が聞けて、意見の衝突に終わりません。技というよりは人格というか、相手を尊重する姿勢、もっと言うなら信仰でしょうか。自分に足りないものを見せてもらった感じです。


「自己完結的国家」という言葉は初めて聞いたけれど、これから考えを深めたい内容です。

―――――――

2.11集会は、以前、日本基督教団の集まりに参加して「戦争責任告白」を読み上げて、このように毎年悔い改めているのだと知り、感動した覚えがあります。


「日本を愛するキリスト者の会」の副会長は日本基督教団の正教師だけれど、「多くの国民が一気に〝自虐史観〟から目覚めようとしてい」るのに、「キリスト教というのは、相も変わらず日本人を貶めることに躍起になっている」とし、「反日左翼の宗教」だと断じているんですね。これを読むと、戦争と戦時下の教会の在り方に対する真摯な悔い改めはどこへ行ったのか?戦争責任の認識はどうなっているのか?と疑問に思ってしまいます。


「日本を愛するキリスト者の会」の公式サイトにはバナーは張られていなけれど、「聖書と日本フォーラム」公式サイトには「日本を愛するキリスト者の会」のバナーが張られていて、両団体は理事・協力者が数名ダブっているようです。「聖書と日本フォーラム」は、言葉としては「日ユ同祖論」とは書いてないですが、「空海の密教は仏教のキリスト教」とか「イスラエル10部族」とか「いろは歌の謎」とかそういった類の話がたくさん載っていますね。


サイトを見ながら、2.11は私が関心を持たないではいられなくなっていることとつながっているのだと気付きました。ちょうど2.11が「建国記念の日」とも「信教の自由を守る日」ともされるように、日本の歴史(天孫降臨から始まる建国神話)とキリスト教(戦争責任も含めて)について一番端的に現れるのがこの日ではないかと思います。


だからこの日くらいは避けて通らずに、たとえ聴いて恵まれないだとしても自分の頭で考えてみるべきで、私みたいな一般人が関心を持つべきなのでしょう。


千葉まで遠くなかったというとウソになるけど(往復5時間...)、これも考える時間を与えてもらったことなのかも。何かを学ぶこと悟ることが恵みなら、たくさん恵みを受けたのだと言えますね。「来させてもらって良かったな」と新京成線にガタンゴトン揺られて帰りました☆彡



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Comment

2・11無為に過ごしてしまった 

山口先生の講演、いつものように適確にまとめていただいてありがたいです。流石だなと感心しました近年はこのような集会が少なくなりました。かつては山形でも毎年あったものです。特に靖国参拝国家護持法案阻止などの運動や、「町のヤスクニ」訴訟があちこちであった頃は熱心でした。やはり山口先生のように、時流に流されないよう、信仰に立って警鐘をならし続けることが必要ですね。

コメントありがとうございます。 

読んでくださってありがとうございます。私も毎年行っているわけではないのですが、今年は特に行くべきかと思い、行ってまいりました。
  • posted by 由愛 
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  • 2020.02/21 18:43分 
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