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「武器ではなく命の水を―追悼:医師中村哲さんの生き方―」in カトリック雪ノ下教会

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昨日はカトリック雪ノ下教会で開催された「武器ではなく命の水を―追悼:医師中村哲さんの生き方―」に参加してきました。

「キリスト者として平和を学ぶ」会の第35回勉強会として行われたもので、ちょうど同じ日に都内で開かれたペシャワール会主催の追悼会とどちらに行くか迷ったのですが、私は祈った方がいいと思いこちらへ。家から近いというのもあり。

プログラムは、NHK制作「武器ではなく命の水を」を観て、その前後にJLMM(旧称 日本カトリック信徒宣教者会)事務局長の漆原比呂志氏が解説をするというものでした。

中村医師は2001年と2003年にこちらの教会で講演をされたことがあり、2003年の際にインタビュアーとして中村医師と対談したのが漆原氏でした。

その後も続いた交流の中で、自らも国際支援活動をする漆原氏が中村医師の考え方と思いを汲み取り、話された言葉から中村医師が大事にしていたものをピックアップして解説してくれるお話はとても内容の濃いものでした。

特に、バプテスト派の信徒である中村医師に大きな影響を与えていたのは内村鑑三の「後世への最大遺物」だと聞き、納得がいきました。偉大なことをした人のことを知ることも大事だけれど、その人を動かしたのは何かということも大切なことですよね。これ読まなくちゃ。

中村医師が2001年に初めて雪ノ下教会で講演したのは、実はこの教会でお呼びしたからではなく、他の団体で呼んだのだけれど、鎌倉に多くの人が集まれる場所がなくて、こちらの聖堂が使われることとなったのだとか。

その時の司会は井上ひさし氏で、来た人は1100人にも上ったということです。驚くべき数ですが、当時それだけ人が集まったのには理由があります。

2001年10月に日本ではテロ対策特別措置法が国会で審議されていたのですが、参考人として特別委員会に出席した中村医師は「自衛隊派遣は有害無益」と、政府方針と真逆の意見を述べました。こちらでの講演は11月16日のことで、非常に世論が喚起されていたときだったのです。

テロ特措法は、2001年9月11日に発生したアメリカ同時テロに対応し、日本が国際テロ防止のため必要な活動・措置(アメリカ軍の対テロ軍事行動に際し、物品・役務の提供などの協力支援活動、邦人保護のため必要な措置)をとることを認める法律で、中村医師の発言にも関わらず、10月29日成立し、11月2日に施行されました。

特措法なので期限があり、この法律は2007年11月2日に期限切れとなり失効したのですが、一旦このような活動・措置を認める法律が成立したことは後に響き、2008年にほぼ同じ内容の新テロ特別措置法が成立し、これが期限切れとなった後の2015年には改正自衛隊法等が成立し、今も自衛隊は紛争地域に派遣されています。

(話が少々それました。上の2段落は昨日の追悼勉強会では触れていなかったことです)

会を終えて、聖堂でお祈りしていたら、最初は泣けてきましたが、段々「泣いている場合じゃない」という気がしてきました。中村医師のことを知り追悼して終わりではなくて、そこから継ぐ者が出てこなければならないわけで、「後継者」のような形でなくても、一人ひとりが何かを継いでいくことが望まれるのだと思います。

中村医師が言っていた「一隅を照らす」(最澄が仏教書に書いている言葉)という生き方は、誰もが自分の位置でできることをしていくもの。偉大なことをせよと言ったのではないのだから、小さな自分でもできることから始めていいのだと。

きっと中村医師は「一隅を照ら」しているうちに、アフガニスタンの干ばつの大地に2500ヶ所以上の井戸を掘って、25キロもの用水路を造り、65万人の難民たちが帰農し定住できるようにしたのでしょう。

人を真に偉大にするものは何だろうと考えながら帰っていたら、いつの間にか力をもらっていました――。


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