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アジア考古学4学会合同講演会「アジアの祈り」in早稲田大学戸山キャンパス

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今年一番目の講演会は、毎年行われているアジア考古学4学会(日本考古学協会、日本中国考古学会、東南アジア考古学会、日本西アジア考古学会)合同講演会へ。今年のテーマは「アジアの祈り」。早稲田大学の戸山キャンパス(通称:文キャン)で開催されました。西早稲田キャンパス
講演は4つで、月本昭男(古代オリエント博物館館長)「祈りの現象学ー西アジアの事例からー」、笹生衛(國學院大學教授)「古代日本の神観と祭祀遺跡・自然環境」、佐川正敏(東北学院大学教授)「東アジアにおける古代仏教寺院研究の考古学的新展開」、丸井雅子(上智大学教授)アンコールにおける祈りの空間ー”遺跡”の昔・今ー」。
何と言っても、古代イスラエル・メソポタミア史・聖書考古学の泰斗である月本氏の講演が聴きたくて行ったのですが、私と同じように考える人が多かったようで会場は満席。途中で暖房を切っても暖かかったです。
開会にあたり、実行委員長の田中和彦(東南アジア考古学会)の挨拶がありました。これがとてもいいお話で、挨拶で感動することはないと思っていた観を180度改めました。
聞けば田中氏はクリスチャンではないものの、上智大で学んでいたときに外国人司祭の指導を受けていて、静かにその人が祈っている姿を見て、感じるものがあったのだとか。
そして、「今日は形あるものを扱うけれど、その背後には神や、亡くなった人への思いがあるのだと思う」と言い、『カラマーゾフの兄弟』の中にある「祈るごとに新しい感情が湧き起る」という言葉を引用して、「祈りは自分自身に対する教育でもあるのではないか」と結んでいました。
もうこれだけ聴いて帰ってもいいなと思うくらい心が満たされました・・・けれど!講演もしっかり聴きますよっ。
一番目の講演だった月本氏は、柔らかい口調で宗教現象学者フリードリヒ・ハイラーの言葉を引いて話し始め、シュメルやバビロニア、アッシリア時代の発掘品からチョイスした「祈る人」の像・画像を示しながら、それぞれの特徴と変遷を詳しく、かつわかりやすく説明してくれました。
まとめとして言っていたのは、何万年単位で各地を見てみると、祈りのポーズや手の位置にはどこか似通った面があり、それは地球全体と言っていいほど広い範囲で、人類が「祈る」という行為をしてきたことを意味している。のちにはそれが自己との対話を促したのではないかということでした。
二番目の笹生氏は、神道考古学の提唱者大場磐雄の言葉から出発し、祭祀遺跡の意味と性格を押さえた上で、古墳時代の祭祀の実態、古代日本における神観を論考していました。
結論として言われていたことは、7世紀に中国では統一王国「唐」が成立し、東アジアの情勢が変化し、倭国は中国の律令制を採り入れた国家となっていき、その影響で日本の祭祀制度が変わっていったということでした。
7世紀後半『古事記』『日本書紀』の編纂と並行して行われたのが主要な神々の祭祀の整備でした。倭国が律令国家「日本」へ、大王が「天皇」へと変化すると同時に、各地の祭祀の場は律令国家の祭祀制度に組み込まれた「神社」となっていったということです。
三番目の佐川氏は、日本のみならず、中国や韓国の仏教寺院の発掘調査にも携わってきた経験を元に、東アジアを横断してテクノロジーや思想が主に中国から波及して、日本や韓国で進化してきたことを説明していました。
中国において末法思想が高まった時期が、百済や日本への仏教伝来期と重なり、それが弥勒菩薩像などの造仏、造寺(伽藍配置や心礎舎利奉安)に影響しているという指摘が新鮮でした。
これから仏教考古学における日中韓の共同研究が大いに俟たれるということですね。
(ここまで聴いて、ユダヤの神殿が日本の神社と配置が同じだとか、日本のある寺がキリスト教の教会なのだというトンデモ説が、いかに浅いものであるか強く感じました。似ているように見える一部の建物配置を取り上げて拡大解釈し、そんな主張をしてしまうのは、神道考古学や仏教遺跡に対する知識が著しく欠けているか、自説に都合が悪い知識を得ようとしないから生まれているのだと思います。本講演とは直接関係ないですけど...)
最後の丸井氏は、アンコール遺跡の発掘とそれを踏まえた研究でわかってきたことを詳細に述べていました。東南アジアと言えば上座仏教という固定化されたイメージがありましたが、12世紀のタ・プローム遺跡は大乗仏教への帰依を表し、その後上座仏教が東南アジア全体で受容されていったのだということでした。
現地の人から聞き取り調査をして、どこでどんな儀礼が行われてきたのかを探っていくフィールドワークの話も興味深かったです。
宗教的な遺跡を通して、日本、西アジア、東アジア、東南アジアを俯瞰していくと、宗教――あるいは宗教になる前の「祈り」は、すべからく人間の持つ属性であることを痛感します。
この人間としての属性である「祈り」の姿が似ている(ように見える)からといって、「古代メソポタミア人はアステカ民族と交流していた」「フェニキア人は海洋民族だったから世界中を航海して各地に古代文明を築いた」と考えるとトンデモに陥るんですね。
普段はキリスト教史を中心に見ているけれど、時に目を上げて広く眺めることも必要だなと思いました☆

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