FC2ブログ

Heaven's Cafe

キリシタンのあしあとを求めて・・・♪

Entries

小西瑞恵「日比屋モニカと細川ガラシャ」と「埋もれた十字架--天正遣欧使節と黄金の十字架」

20181221_120025_467.jpg

雑誌『大阪春秋』(2018年新年号)の特集で、「細川ガラシャ : ヨーロッパで賞賛された「強き女」」を書いていた小西瑞恵氏が気になってCiNiiで論文検索してみたら、キリシタンに関するもの2編が読めるようになっていました。大阪樟蔭女子大学、素晴らしいっ。

「16世紀の都市におけるキリシタン女性--日比屋モニカと細川ガラシャ」(2008年)と「埋もれた十字架--天正遣欧使節と黄金の十字架」(2007年)です。

細川ガラシャも興味深いですが、あまり注目されることがない日比屋モニカに焦点を当てているのが貴重。資料を元に丹念に史実を追ってらっしゃいます。また原城跡で発見された黄金の十字架がローマ教皇から贈られた聖遺物入れであるという小西氏の主張も、「なるほど、あり得るな」と思いました。

ただし「埋もれた十字架」の方に述べられている、山梨県の栖雲寺蔵「伝虚空蔵菩薩画像」が景敎の聖像であるという説は、現在は否定されているものです。この説を唱えた美術史家の泉武夫氏の論文(佐伯好郎の著作を根拠にしている)を、小西氏がそのまま受け入れていて、それが問題の発端になっているようです。

泉氏の論旨は、小西氏が引用した文章からうかがい知るだけですが、景教や東方キリスト教について基本的な間違い(唐代に栄えた景教が迫害で一旦衰えるもその後も細々と存続した等)が多々見られます。

小西氏もこの画像の調査に泉氏夫妻と訪れていますが、キリシタン遺物だとも言われていたので、私も数年前に見に行き、拝観させてもらいました。

確かに十字紋様が描かれていますが、これは研究チームによってマニ教由来のものであると結論付けられ、2013年に「十字架捧持マニ像」の名で山梨県指定文化財となりました。

栖雲寺側も「詳しく調査した結果、キリスト教とは関係ないことがわかった」と説明しておられます。

景教については専門書が少ないために、100年以上も前の佐伯好郎の著作が参照されることが多く、泉氏もそうしています。佐伯氏はこの分野の研究に先鞭をつけたため景教博士と呼ばれたりもしますが、佐伯氏の後に発掘調査や資料研究でわかってきたこともあります。研究は進んでいるのに、佐伯氏の著作ばかりを参照することには無理があります。

泉氏がこの画像をキリシタン大名であった有馬晴信黄金の遺品であるとしたことから、小西氏は、この画像と原城跡から発見された黄金の十字架とを一緒に論考しています。しかし、当時のキリシタンたちは「景教」のことなど知りませんでした。

小西氏は、マカオにいた宣教師や貿易商人が関与してこの画像が有馬晴信の手に入ったのではないかと推測していますが、その頃は中国においても景教の存在は忘れ去られていました(土中から「大秦景教流行中国碑」が見つかるのは有馬晴信の死後)。

せっかくの小西氏の論文が、景教とキリシタンが入り混じることで複雑になり、信憑性の低いものになってしまったことを残念に思います。小さなことでは、島原天草一揆(論文では「島原の乱」と書かれている)で死ぬことを「殉教」としていることや、泉氏によって(景教のものであると)「実証された」と繰り返していること、「天守閣」等の用語にも引っ掛かりを覚えました。

論文が書かれた2007年当時と今とでは、格段にキリシタンに関する研究が進んだことも、私の引っ掛かり(違和感)や疑問の背景にあるかもしれないですね。現代の恩恵を享けている身としては、ただ感謝するばかりなのですが、違和感や疑問が徐々に解消されていったらいいなと思います。


関連記事
スポンサーサイト



Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

由愛(ゆめ)

Author:由愛(ゆめ)
キリシタンのあしあとを求めて旅するサイト『天上の青』の管理人をしています☆

twitter

最新記事

ブログカウンター

最新トラックバック