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聖心女子大学で行われたキリスト教史学会東日本支部会

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先日聖心女子大学で行われたキリスト教史学会東日本支部会で、4つの研究発表を聴いてきました。
五十嵐喜和「「規定の病」にいたるまで -その名称の由来・変遷と、キリスト教会の課題-」、小林敏志(さとし)「明治初期における開港地新潟のプロテスタント伝道」、佐藤明(あき)「内村鑑三の武士道とキリスト教 -新渡戸稲造との比較を通して-」、青野和彦「降伏勧告状(Requerimiento)に対するラス・カサスの神学的批判-布教拒否に伴う懲罰的戦争をめぐって-」です。
五十嵐氏の発表は、ちょうど去年の今頃発刊された「聖書協会共同訳聖書」で使われた「既定の病」に関するものでした。この訳語については、巻末の用語解説に「旧約聖書のヘブライ語『ツァラアト』、新約聖書のギリシャ語『レプラ』の訳語」であることが書かれています。
この訳語が適切であるかの問題と、これまで旧呼称を使ってきたキリスト教会は、用語を変えるだけで良いのかという論題があります。五十嵐氏は、旧呼称を使うことで、教会が差別をほう助するかのような働きをしたことを、改めて謝罪をすべきではないかと述べていました。
小林氏の発表は、開港五港の一つである新潟で、どのようなプロテスタント宣教が行われたかを調べたもの。オランダ改革派教会のブラウンや医療宣教師のパームは有名だけれど、その他の宣教師のことはほとんど知られていません。
ブラウンとパームの間には5年間の空白があり、パーム後も後継者が見つからなかったため、「宣教師がいない唯一の条約港」をめぐり、複数のミッションが宣教師(あるいは日本人説教師)を送ろうと検討を重ねていました。
その結果、ファイソンや牧岡哲弥などが行くようになったのですが、最初に行った人たちに比べ注目されることがありません。実質的に地方宣教を担った人たちについて、まだ埋もれている歴史があるのだということを感じさせられました。
佐藤氏の発表は、新渡戸稲造の『武士道』と内村鑑三の持っていた武士道観を比較するもの。2つを比較し、結論として発表者は内村に軍配を上げていたのですが、終わってからの質疑応答で疑問が投げかけられていました。
発表者自ら自分の考察を「粗い」と言っていて、反論があることは予想していたようでした。しかし、新渡戸に関しては『武士道』を書いた時点だけを取り上げ、内村に関しては彼が生涯で様々に考えを深化させていくところまで追い、それを比較材料としていたので、それではさすがにアンバランスという批判を免れないだろうと思いました。
最後の青野氏の発表では、スペインによる植民地支配を正当化する法文書「降伏勧告状」をめぐる、当時の神学的論争を扱っていました。「降伏勧告状」とは、教会法学者のルビオスが作成した文書で、宣教師の説教を聴いてキリスト教を受容しなければ、武力行使することを通告するもの。
それに対して、スペイン人ドミニコ会士ラス・カサスが先住民の文化を尊重し、自然権を認める神学的主張をして正戦論を退けたという内容でした。現代からしたら、ラス・カサスの主張に異論があると思えないのですが、当時はそれくらい教皇至上主義と自国優先主義がはびこっていたということですね。
キリスト教史学会の部会の発表だったからか、発表の中には試論とまでは言わないまでも、今後批判を経て更に研究していく一過程ではないかというものもありました。お前が言うかという感じですが汗。
隣席の五十嵐氏から、最後の発表の後「だから我々がちゃんと伝道していかなければということですよね」と話しかけられて、何だかほっこりしました。研究を受けて牧師先生がどう思ったかを聞けるのも、この会の良さでしょうね (o‘∀‘o)*:◦♪

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