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中村哲さんのインタビュー「人は愛するに足り、真心は信ずるに足る――アフガンとの約束」

図書館に行ったら、中村哲さんの追悼コーナーができていました。私は中村さんのことをほんの少ししか知らなくて、クリスチャンだったことも今回初めて知ったくらいだったので、反省する気持ちで本を手に取りました。

何冊からパラパラ見て、読むことにしたのは、今から10年ほど前にノンフィクション作家の澤地久枝さんが中村さんをインタビューした「人は愛するに足り、真心は信ずるに足る――アフガンとの約束」。

澤地さんの鋭くもユーモラスな問いかけに、中村さんもユーモアを交えて話してらっしゃり、リラックスした中で本音が聞けるのではないかと思って。

本の最初のところは「こんなに?」と思うほど、家族の話題が続きます。お祖父さんがどこで何をしていた人なのかとか、おばあさんはどんな人で何歳まで生きたのかとか。作家の火野葦平(ひの・あしへい。代表作は「鼻と龍」。自死した)が、中村さんの伯父さんだったことは初耳でした。

またインタビューの時期が、ペシャワール会の一員としてアフガニスタンで働いていた伊東和也さんが殺害されてから1年ほど経った頃だったので、その話題も。家族同然の仲間を失い辛く悲しい時であるにも関わらず、中村さんが悪かったかのようにマスコミに書かれ、世間から誤解されて大変だったことを吐露していました。

本書の中盤では、中村さんの考え方や行動原理に澤地さんが迫っていくのですが、そこでキリスト教について語られていました。ご本人の口から出てくる言葉は、「何派のクリスチャン」といった情報より、信仰の有り様(よう)というか、人柄と人生を貫く希(ねが)いがにじみ出ているように感じました。

それを私が勝手にまとめてしまうと、データみたいな中途半端な情報になってしまうので、一部をそのまま抜き書きしますね(対話文なので少し編集します。前後の文脈がわかりにくいのはご容赦ください)。

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・澤地「先生がクリスチャンでいらっしゃるのは、どなたの系統ですか」
 中村「いや、誰もいないんですよ。ただ、私は両親の勧めで西南学院というミッションスクールにやられたんですね。私も、あまりバタ臭いのは好きなほうではなかったので、キリスト教にはなじみはないと思っていたのですが、やはり子どもですから、それなりに多感なんでしょうね。何か感じるものがあって影響を受け、いちおうキリスト教徒になりました」

・中村「実際、私はクリスチャンになっても、三位一体とか、教理を聞けば聞くほどよくわからないんですよ。どうして、イエス・キリストと聖霊が一体なのか。どういうことなのかなと。その疑問を解いてくれたのは、内村鑑三という人でした。日本的な色彩の強いクリスチャンですが、内村鑑三のインパクトというのが、非常に大きかったです。それもあって、クリスチャンになったということだと思います」

・中村「少し話がそれますが、西田幾多郎という哲学者の後継者である滝沢克己教授という方が九州大学にいて、クリスチャンでした。その先生を通じて、神学者のカール・バルトの著作に触れることがありました。自分は、いちおうクリスチャンで(笑)、クリスチャンであるということと、儒教徒に近いということとがどう折り合えるのか。内村鑑三を通して感じたものをさらに明瞭にしてくれた。フッと「あ、これでいいんだな」と・・・」

・中村「論語を読んでいるときには意識しなかったのですけど、儒教的な教えは、キリスト教、そしてややこしいことにイスラム教にも出てきているわけです。「この宗教ではこういう表現を使うけれども、仏教徒はこう言い、われわれキリスト教徒ではこう言う」というような、共通の何かを感じることがあります」

・中村「論語の字句の中に示される徳目は、イスラム教の徳目であり、キリスト教の徳目でもある。深いところで共通の根っこから発している・・・ということが、現地にいて実感として分かるような気がするのです。だから、「キリスト教の仲間だけで通用する言葉でなく、その辺りを歩いている普通のイスラム教徒にも解る表現で語ろう」ということも出てきます。そういう意味で、論語や聖書を学んで得たものが大変役に立ちました」

・中村「イエス・キリスト答えて曰く。「神というのは、死んだ人の神ではなくて、生きたものの神である」というのです。ということは、孔子の教えと同じであって、「我未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」ということを、イエス・キリストもおっしゃっている。そういうふうにして、イスラム教の中にもそれと似たような言葉があって、それでもって理解しやすいところがある。そういう意味では、非常な力になりましたね」

・中村「私は、日本人がキリスト教というときに、あれはほんとうのキリスト教ではなくて、ヨーロッパの教とでもいうものがあって、それをキリスト教と勘違いしているんじゃないかという気がします」

・澤地「私は、先生のお書きになったものや、おやりになったことを見ていて、やはり先生にはクリスチャンとしての信念がある。意識していらっしゃらなくても、それを根底に持っていらっしゃることを感じます」
 中村「(笑)。自分はクリスチャンだからというより、現地にいて、「どうにもならんことは、どうにもならん」という諦めとでもいいますか、そういうものを感じますね。地元の人は「これは神様のご意思ですから」と言う。諦めというよりも、一種の謙虚な気持ちのような気がしますね」

・澤地「向こうの人も、先生がクリスチャンであるということは知っているのですか」
 中村「知っていますよ。イスラム教徒になれば、いろいろと仕事も有利でしょうけれども、もうこの年になって宗旨替えをしようとは思わないですね」

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その他にも中村さんの考え方が語られているところは多くあるのですが、抜き出して書けないので、興味を持たれた方は本を手に取っていただけたらと思います。

これらの言葉の前後には、医学部に入った理由、ノイローゼになり医師の中でも精神科医となったことが明かされ、アフガニスタンに行き、医療や教育でななく、その基盤となる農業に力を注ぐようになったこと、弾に当たって自分で治療(麻酔なし)したことなどが、幾分大らかな口調で語られています。

本書の終盤では再び家族の話題となり、今度は中村さんの家族、奥様やお子さんたちの話が展開されます。子どもは何人でどこで生まれたのか、家族を現地に連れて行ったのか、などです。中村さんは一人お子さんを亡くしていて、その子が親を慰めるために言った言葉などが胸を打ちます。

現地スタッフの死亡事故にも触れられ、再び伊藤和也さんのこととなり、中村さんの責任を問うマスメディアが、ペシャワール会にも関係者の家にも押し寄せて大騒動だったと述べられています。「私は、野次馬報道が大嫌いですね。今の政府も嫌いだけれども」と。

今回の事件を受けて、改めて中村さんのやってきたことが注目され、惜しまれ、評価され、悼まれています。だけどその途中でどんな苦い思いをしていたかが、10年前の本だからこそ分かる面があるのかもしれません。

インタビュアーの澤地さんは、アフガニスタンでの活動とその周辺だけでなく、考え得る限り広い範囲で中村さんのことを知ろうとし、浮彫りにしたのでしょう。

天国に旅立たれた中村さんが、どんな思いを残していったのかを考え、祈りを捧げたいと思います。

https://www.amazon.co.jp/人は愛するに足り、真心は信ずるに足る――アフガンとの約束-澤地-久枝/dp/4000245015

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