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越川弘英「礼拝探訪~神の民のわざ」

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越川弘英「礼拝探訪~神の民のわざ」読みました。キリスト新聞』に2006年5月~2007年9月にかけて「礼拝探訪」として連載された内容を単行本化したもので、キリスト教の様々な教派の礼拝に出掛けてその様子を記しています。

 

著者の越川氏は神学者で、同志社大学教授。確かに専門的な視点で書かれている部分はありますが、全体的に人の温かさを感じるルポルタージュといった感じです。この手の本では、いろんな教派の情報をまとめたものもありますが、それとは一線を画した一つの読み物になっていると感じました。

 

何より、著者がどこの礼拝に出ても、悪く言ったりケチをつけたりしてないところが良いですね。自分が神学者で牧師として司式もするから、信念はもちろん、「礼拝たるやかくあるべし」といった一家言があってもおかしくないのに、そういうこだわりを出さずに、どこの礼拝も肯定的に見て、また平等に記述しています。

 

取り上げられているのは、聖公会、長老派教会、ペンテコステ派、ルーテル教会、救世軍、ナザレン教会、バプテスト、セブンスデー・アドベンチスト教会、組合教会、ハリストス正教会、同盟教団、クェーカー、クリスチャン・サイエンスときて、最後にカトリック。

 

 

カトリックや正教会は礼拝探訪しそうですが、なかなかクリスチャン・サイエンスの礼拝まで出たりしない・・・というか、私がよく知らないというか。他にもちょっと珍しいところまで含まれているなという印象を持ちました。だから読んでいてびっくりなことも多くて。

 

例えば、聖餐や洗礼がない教会もあり、預言者がいる教会もある。世界の正教会はユリウス暦でクリスマスを祝うのに、日本の正教会では12/25に祝うとか。礼拝を聖体礼儀というところがあり、教会を月会(げつかい)と呼ぶ教会もある。牧師という職務を認めないところもあれば、その教派の創立者だけが名誉牧師で、その他に牧師はいないというところもあるそうで。

 

これらは私から見たら驚きですが、よくよく考えてみると、こういう多様性を持っていることが、キリスト教世界の豊かさではないかと思います。信仰が良ければ良いほど、所属教会に欠かさず行って、他の教会のことは知らないので、何かが違うと「えっ?」と思ってしまう。

 

それは教理や式文に基づいたものだから仕方ないのですが、多様性を受け入れていくことなしに、対話や共存の道を歩むことは困難です。何でもなあなあで「いいよ、いいよ」と言っていればいいとは思いませんが、著者のように偏見なく受け入れる気持ちで見ることがとても大事な気がします。

 

多様性を受け入れることは、宗教が一番最後になってしまいそうな分野ですが、逆に一番先に出来たら世界平和に寄与するところが大きいでしょうね。違いのある多様な礼拝を生んだキリスト教の長い歴史を、豊かなものとして喜べたら良いなと思い、私はそうしたいと思いました。


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