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教皇、「日本に行きたかった」

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教皇フランシスコは、しばしば日本に言及する。6月7日にもバチカンでイエズス会系学校の子どもたちと会った際、「なぜイエズス会士になったのか」との質問を受け、「日本か、あるいはどこか」へ行く宣教師になりたかったと答えた。

教皇は子どもたちに、神学生だったころ当時のイエズス会総長ペドロ・アルペ神父に手紙を書いた話も紹介した。アルペ神父は戦前戦後に日本で働いていた宣教師だ。

バチカン放送局の日本語課を担当する和田誠神父(カルメル修道会)は、「アルペ神父様が、肺の病気をした人には厳しすぎだろうとの返事を送ってきたので、(現教皇はアルゼンチンの)ブエノスアイレスに残ったと言っていました」と説明する。

教皇フランシスコは毎朝、バチカンの「聖マルタの家」で、教皇庁の職員たちとミサをささげている。5月21日には、バチカン放送局の職員らと共に、感謝の祭儀を行った。和田神父も共同司式者の1人だった。「ミサは素晴らしかったです」と同神父は振り返る。

ミサが終わると教皇は一人一人にあいさつした。和田神父はその時を待っていた。「いろいろと皆さんから頼まれた」からだ。

「後方で順番を待っている人々のイライラを背中じゅうで感じながら、とにかく3つのことだけはパパ様(教皇)にお伝えしないと、と頑張りましたよ」

3つのこととは、(1) 上智大学(東京/設立母体はイエズス会)の創立100周年に当たり、同大学関係者が教皇に謁見したいという意向があること (2) 北海道・伊達市のカルメル修道会(女子)から預かった写真を見せること (3) 長崎の信徒発見150年を準備する日本の教会のために特別に祝福を願うこと―だった。

「これだけのことを無駄なく一気に言うのは大変でしたけれども、パパ様もいやな顔をもされず、終始にこやかに対応してくれました」と、和田神父は話していた。


                         <<カトリック新聞オンライン June 13, 2013 >>


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