Heaven's Cafe

キリシタンのあしあとを求めて・・・♪

User Tag [キリシタン ]を含む記事一覧

「再検証 小西行長 第三集」

熊本県の宇土市教育委員会が編集した「再検証 小西行長 第三集」を読みました。宇土市はキリシタン大名小西行長の故地として、小西行長関連のシンポジウムを9年前から行っているのですが、その講演会での発表をまとめて刊行しており、本書はその第三集。講演者や内容をどんな基準で選んでいるのか分かりませんが、今までに出ている第三集までを読むに、内容は玉石混交・・・とまではいきませんが、ちょっとレベルに差があるよう...

篠田謙一「江戸の骨は語る~甦った宣教師シドッチのDNA」

篠田謙一「江戸の骨は語る~甦った宣教師シドッチのDNA」読みました。2014年に小日向の切支丹屋敷で見つかった三体の人骨の鑑定を行い、江戸期に来日した最後の宣教師シドッチのものだと特定した研究者が、その過程を詳細に書いたもので、いわば内幕もの。最先端の科学でどのように解明されていったのかということを、専門用語をバンバン出しながら説明していくので、「私の頭で理解できる?」と思いながら読み進めていったのです...

とんぼの本「かくれキリシタン」

新潮社のとんぼの本から出た後藤真樹「かくれキリシタン」読みました。とんぼの本はいつも写真が安定の美しさ。写真につられて手に取って、読んでいるうちに知識も増えるという。細かい字で三段組なので、ほんとは結構なボリュームなのに、きれいな写真のおかげで難しいと感じることなく読めてしまうのはさすがと言いたいです。今回の著者、後藤真樹という人は、キリシタン関係で聞いたことがない名前だったので、どんな人なんだろ...

古田織部美術館編「キリシタンと茶の湯~織部はキリシタンか?」

古田織部美術館編「キリシタンと茶の湯~織部はキリシタンか」を紹介したくて投稿しました。今年の1月から5月に古田織部美術館で開催された企画展「織部はキリシタンか?」に合わせて制作されたもので、10ページにも満たないカタログですけれど、茶の湯の専門家によって、茶道とキリシタンの関係をよくまとめて記述していて、とても優れていると思ったものですから。「古田織部が創案した織部灯籠はキリシタン灯籠だ」「だから古田...

帚木蓬生「守教」の問題点;;

帚木蓬生(ハハキギ・ホウセイ)の「守教」読みました。福岡の今村にも潜伏キリシタンがいて、長崎に続いて信徒発見となるのですが、彼らについてはほとんど資料が残されておらず、どんなふうに福音が入り、守られてきたのかよく分かっていません。その点を有名な歴史小説家である著者が縦横無尽に想像力の羽を伸ばして描いた小説で、第52回 吉川英治文学賞も受賞しています。帚木蓬生は東大の文学部を出てからTBSに勤め、その後東...

「おたあジュリアの横顔 vol.1」ができました☆

神津島をめぐった旅行記「おたあジュリアの横顔 vol.1」ができました☆朝鮮人初のキリスト教徒おたあジュリアが流された島で、彼女の墓といわれる二重方塔を見て、ジュリア祭に参加してきました。ジュリアはこの島を出た後、長崎や大坂で暮らしたことが、近年出てきた資料によって分かっているので、この島に墓があるはずはないのですが、キリシタンの問題の一つとして見ておきたくて行きました。住民がこぞって集まるジュリア祭は...

中園成生「かくれキリシタンの起源~信仰と信者の実相」

中園成生「かくれキリシタンの起源~信仰と信者の実相」読みました。著者は平戸市生月島博物館・島の館学芸員で、捕鯨史やかくれキリシタン信仰の調査・研究に取り組んできた人。かくれキリシタン関係の著作は他にもありますが、本書は「決定版」とも言うべき一冊だと思います。当然ながら、かくれキリシタンの信仰形態に関しては他には見られないほど詳述されており、今後もこれ以上のことは解明されてこないと思われます。なぜな...

清涼院流水「純忠~日本で最初にキリシタン大名になった男」

清涼院流水「純忠~日本で最初にキリシタン大名になった男」読みました。大村純忠が主人公の小説なんですが、この著者、ほんとに小説書くのがうまくて!今どき珍しく本に紐のしおりが付いているのですが、それを一度も使わずに一気読み。ページ開いたら最後まで立ち上がることもしませんでした。勢い睡眠時間削ってしまい、もう、お肌に悪いし...(>_<)もちろんキリシタンだから大好物ですよ、大村純忠。だけど普通に小説とし...

旅行記「ぐんま切支丹風土記new 1」ができました♪

  去年、渡瀬・鬼石殉教記念祭に行って来たときの旅行記を今頃書きました汗キリシタン遺物の難問(アポリア)について、足りない脳味噌でふかーく考察しております。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産登録勧告されたことで、キリシタン遺物の取り扱いが更に複雑化しないことを願いながら...(;^_^Ahttp://contents.tenjounoao.com/gunnew1.htmlスマホ版は http://contents.tenjounoao.com/sp/gunnew1.ht...

大分旅行記「FacataからBungoへ5」できました☆

大分の臼杵を訪れたときの旅行記「FacataからBungoへ 5」ができました。今回の九州旅行の最終日です。みぞれになりそうな雨の中、キリシタン時代の臼杵教会跡(推定地)、ガラシャ夫人の娘 多羅(キリシタン)ゆかりの寺などを回っています。久家の大蔵に描かれたアズレージョが素敵で、瞼に残っています。良かったら覗いてくださいませ(^▽^)http://contents.tenjounoao.com/facata5.htmlスマホ版は⇒http://contents.tenjounoao.co...

小石房子「豊後の王妃イザベル」

小石房子「豊後の王妃イザベル」読みました。「豊後のイザベル」とは、大友宗麟の継室奈多夫人のこと。イゼベルは旧約聖書に出てくるアハブ王の妻で、神の預言者エリヤを迫害した人物。奈多夫人もまた、キリシタンを迫害したため、宣教師らから「イゼベル」と呼ばれていたのです。さてこの本、イゼベル寄りで書かれているため、キリシタンについてはひどい書きようです。特に大友宗麟は、短慮で好色で、自分勝手で勇気がなく、ヘタ...

内田樹・釈徹宗「聖地巡礼リターンズ」

内田樹と釈徹宗が日本各地の聖地を旅する「聖地巡礼リターンズ」読みました。「聖地」と言っても、サブカルチャー的な「聖地」まで含んだ広い意味のもので、決してエルサレム巡礼の話ではありません。この「聖地巡礼」はシリーズ化されていて、今回の目的地は長崎・京都・大阪。キリシタンゆかりの地をめぐっていたので読んでみたのです。旅人の一人、内田樹はユダヤ教や西洋思想に強い評論家で、もう一人の釈徹宗はお坊さん。キリ...

チューリップバブルに思いを馳せれば

相模原公園入口付近ではチューリップがお出迎え。色も形も様々で、品種改良に夢中になる心理が理解できました。そう言えば、チューリップがオスマントルコからヨーロッパに持ち込まれたのが16世紀。異国情緒溢れる珍しい花として富裕層に好まれました。チューリップの球根栽培に適したオランダで品種改良が行われ、17世紀初頭には高値で取引されるようになりました。小さな球根一個で家が買えるくらいだったとか。それが世界最古の...

悩み抜いて書いた旅行記;;「FacataからBungoへ 4」

悩み抜いて書いた旅行記「FacataからBungoへ 4」ができました。大分県竹田市をめぐったときのものです。楽しみにして行ったのですが、いろいろと複雑な思いになることがあり、旅行記書く筆が何度も止まりました;;竹田市はキリシタンで町おこししようとしているのですが、自分たちの仮説「隠しキリシタン」を押し付ける「推し」が強すぎて、ガイドしてもらっているうちに苦痛になってきました。神戸から寄贈された「キリシタン遺...

まじか?と思った、山崎 信二著「長崎キリシタン史」

山崎 信二著「長崎キリシタン史」読みました。最初この本のタイトル見たときは驚きました。「長崎キリシタン史」だなんて、キリシタン研究の第一人者が書いた同名の本があるし、「長崎」に「キリシタン」という組み合わせの本も、ごまんとあるのに。なぜ今さら「長崎キリシタン史」?名前を知ってるような著者でもないなと思って調べてみたら、この人の得意分野は「瓦」!よく「長崎キリシタン史」なんていうベタなタイトルで本を...

「FacataからBungoへ 3」ができました☆

大分の旅行記「FacataからBungoへ 3」ができました☆ この日は大分市と日出のキリシタンゆかりの地を回っています。 大分はザビエルが訪れ、大友宗麟の保護の下、日本初の南蛮文化が花開いた地。だけれど初代府内城主 竹中采女正は雲仙の地獄責めなどを行いました。光と影が交差する様を感じながら旅してまいりました。良かったら覗いていただけたらと(*^^*) http://contents.tenjounoao.com/facata3.htmlスマホ版は⇒http://content...

キリシタン時代に海外で暮らした日本人

キリシタン時代に海外で暮らしていた日本人については、まとめて書かれているものが少ないのですが、ポルトガルには16世紀中頃から(天正遣欧使節の到着より前から)、日本人が存在していたことが分かっています。メキシコにいた日本人トメ・バルデス(日本名不明)は長崎で売られたことが分かっていますし。すると支倉常長一行が行く前から日本人がいた訳です。また1607~1613年の記録では、ペルーのリマ市に20人の日本人が住んで...

「大航海時代の日本人奴隷」3

著書の「おわりに」に結論があるので、それをまとめますと・・・。戦国時代に「乱取り」があり、生け捕りにした人を戦利品とみなして売るということが日本では行われていた。売られた日本人に豊後出身が多いのは、大友宗麟が関与したとは言い難く、豊薩合戦で捕らえられた豊後の民が薩摩側によって売られたと考えるのが自然(実際島津領では乱取りがよくあった)。 自ら自分を売ったり、子供を売った日本人もいたが、奴隷ではなく...

「大航海時代の日本人奴隷」2

では「大航海時代の日本人奴隷」の内容へ・・・。書き出しにあるのは、読売新聞で2013年に報じられた「3人の日本人奴隷がいた」という記事で、それに反応した人が多かったことです。専門家の間には既に入手されていた史料で、この他に先行する研究として、岡本良知が戦前に日本人の人身売買があったことを証明しているので、著者にとっては目新しいことではなかったよう、しかし日本人奴隷に関する細かい研究はなされておらず、そ...

「大航海時代の日本人奴隷」

ルシオ・デ・ソウザと岡美穂子共著の「大航海時代の日本人奴隷」読みました。勢い余ってメモ取りながら2読も。それくらい知りたいことが書いてありました。よくネットなどでは「キリシタン大名って日本人を奴隷として売り飛ばしてたんだよね」とか「大友宗麟は自国の領民を南蛮人に奴隷として売っていた」「イエズス会は日本人を売ることに手を貸していた」とか書いている人がいるんです。それは違うんじゃない?と思うけれど、そ...

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由愛(ゆめ)

Author:由愛(ゆめ)
キリシタンのあしあとを求めて旅するサイト『天上の青』の管理人をしています☆

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