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Heaven's Cafe

キリシタンのあしあとを求めて・・・♪

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04/18のツイートまとめ

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ぐるっとパスで国宝を巡る 2019年4~5月 https://t.co/XSrG5KTSAC
04-18 18:12

カフェでお昼。おまけでついてくるイチゴショートがうれしい♪ https://t.co/IEN996tUng
04-18 12:25

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04/15のツイートまとめ

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読みました!面白い(^o^) https://t.co/R03femyjEs
04-15 22:52

史跡見学会だなんて良いですね☆ https://t.co/BDOzc9Qm50
04-15 17:32

04/14のツイートまとめ

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眠いから寝よう。メールの返事は明日にして。やることも読むものもあるけど。おやすみなさい☆彡 https://t.co/TnzKjvE5I3
04-14 22:49

近所の無人販売所。午後になると大抵売り切れ(^o^; https://t.co/hbFXVQ5nLp
04-14 22:45

軽井沢の教会めぐりをした旅行記「信濃路、秋薫る vol.3」

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軽井沢教会めぐりをした旅行記「信濃路、秋薫る vol.3」できました。


現在の軽井沢を作り上げるきっかけとなった宣教師ショーとその記念礼拝堂、石の教会と内村鑑三、軽井沢ユニオン・チャーチとヴォーリズ建築、聖パウロ カトリック教会を設計したアントニン・レーモンド夫妻の信仰などについて書いております。最後は有島武郎のことなども。


結婚式を「本物の教会」で挙げることが素敵だという最近の流れにも触れながら、キリスト教の持つ潜在的なアドバンテージがあるはずだから、それを歴史の中から掘り起こせないかという・・・持論めいたものも書かせてもらいました。半日しかなかったので、駆け足で教会ばかり回ってますけど、よろしかったら(。>ω<。)ノ


信濃路、秋薫る vol.3:http://contents.tenjounoao.com/nagano3.html
スマホ版は:http://contents.tenjounoao.com/sp/nagano3.html


雑誌「マンショ」、創刊号から7号まで

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マンショを語る会によって、主に宮崎で発行されていた雑誌「マンショ」。表紙だけ見てもいい感じなのですが、7号までとなってしまったので、今では入手困難な幻の雑誌。それをいろいろ手を尽くして贈ってくださった方がいたので、有り難く読ませていただきました。創刊号から7号(7号は宮崎県立図書館で先に読んでおいたので)まで。

天正遣欧使節の正使である伊東マンショについては、最近も話題になっているので、ヨーロッパの文献を基にした情報はそれなりにありますが、こちらの雑誌の特色は地元の郷土史家による足を使った情報収集と研究にあります。例えば、伊東家の菩提寺にあるお墓全部を丹念に、墓碑の形から位置、そこに刻まれた戒名や意匠まで調べ、地図に起こすって、並み大抵の努力ではありません。

歴史ある寺院の墓碑を全部調べ上げ、過去帳と照らし合わせたり、伊東家の豊後落ちのルートをあらゆる可能性を探りながら踏破するとか、領内に残る十字文様を全て調査して発表するとか、これらを土台にした研究をまた誰かがしていくのかもしれませんが、その土台を作った汗と熱意に頭が下がります。

さて全巻通した内容で特に興味深かったのは、二つ。「マンショ流浪の孤児説」に対する反論と、「伊東マンショー中浦ジュリアンー小笠原玄也」というつながりを追った論文です。松田毅一氏の著作を中心に学んできた身(私)には、「マンショ流浪の孤児説」が刷り込まれているので、その反論を詳細に知りたかったのです。「違う!」とだけ言う人もいるけれど、根拠を示してもらえないと納得できないものですから。かなり詳しくラモン神父の書簡のどこがどう事実と齟齬があるのか明らかにしてあるので、読んですっきり。

4号で提示された「伊東マンショー中浦ジュリアンー小笠原玄也」のつながりと、5号に掲載された「小笠原玄也一家の遺書とその現代語訳と解説」も新しい視点をくれるものでした。彼らは一人ひとりが有名な人なので、それぞれの人物伝は読んだことはありましたが、彼らの関係性と、関係があったからこそ互いの人生に影響を与えたという「つながり」については、今まであまり考えたことがありませんでした。

だけれど伊東マンショは1608年から4年間、小倉の教会で働いていて、その時教会の柱となっていたのが加賀山隼人(小笠原玄也の舅)。玄也も教会に通っていました。そしてマンショと同時に司祭に叙階された中浦ジュリアンが博多教会を中心に、周辺地域を巡回しながら、小倉教会を訪れた際に出会ったのが小笠原玄也でした。そこから生涯にわたる交流が生まれ、マンショの死後もジュリアンが玄也一家を訪っていることが示されます。

後に棄教したフェレイラが書いた「1618年イエズス会年報」に、ジュリアンが玄也一家を訪問したことが書かれているので、そのことは他の本でも読んだことがありますが、加賀山隼人と加賀山半左衛門が殉教した(1619年)の後、玄也一家が殉教するまでの期間の一家の足取りは知られていません。それを玄也一家の遺書とその他の地元資料によって明らかにしたのが後半の論考になっています。

もちろんこれは定説ではありませんが、「不明」とされてきたことについて、たたき台になるような説を提示していることは、研究が進む一助になるのではないでしょうか。私にとっては初めて読む説だったので斬新過ぎて戸惑いましたが、固定観念を捨てて考えてみようと思い直しました。

雑誌なので2007~2010年当時のニュースも取り上げられており、日向市の山城跡で聖母マリアと見られる土製容器が発見されていたことや、425年ぶりに復元された天正遣欧使節の衣装、法華嶽薬師寺で見つかった天井板絵について報じられていて、初めて知ることもあり興味深く読みました。

こういう地元に密着したキリシタン雑誌、各地にあるといいんですけどね。(無理かー(^▽^;)
宮崎にどんなキリシタン史跡があるんだろうと思っていた私には、「まだまだあるんだ」という希望の書となりました☆


04/11のツイートまとめ

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ジム、3ヶ月続きました。筋肉少しついたかな♪ https://t.co/1HcP2Uz9qx
04-11 20:46

04/10のツイートまとめ

tenjounoao_yume

待ってました!╰(✿´⌣`✿)╯♡ https://t.co/5knBjPOzQN
04-10 21:31

聖徳太子が歴史から消える日~ 『世界一受けたい授業』河合敦さんが教える、日本史教科書のミステリー https://t.co/ZUvKSPLH2E #現代ビジネス
04-10 10:39

04/09のツイートまとめ

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国会議事堂。 https://t.co/6NO9NhXGJv
04-09 13:34

「信濃路、秋薫る vol.2」できました☆

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長野をめぐった旅行記「信濃路、秋薫る vol.2」できました☆
この日行ったのは、松代城跡と城下町、「まばたきの詩人」水野源三さんゆかりの地など。キリシタンとクリスチャンの足跡を追いました。

水野源三さんの詩も載せつつ、旅の思いをつづっています。良かったら+.(*'v`*)+


04/08のツイートまとめ

tenjounoao_yume

【書評】 『文語訳聖書を読む 名句と用例』 鈴木範久 | キリスト新聞社ホームページ https://t.co/zsMW2bKbZO
04-08 09:27

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由愛(ゆめ)

Author:由愛(ゆめ)
キリシタンのあしあとを求めて旅するサイト『天上の青』の管理人をしています☆

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