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キリシタンのあしあとを求めて・・・♪

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「北国の使徒たち 3」ができました☆

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新潟県の佐渡から上越を回った旅行記「北国の使徒たち 3」ができました☆ ジェンキンスさんが働く土産物屋さんで拉致問題を考え、上越では直江津収容所跡で捕虜の強制労働を思いました。十日町では経歴詐称してキリシタン遺物を「発見」した「高田茂問題」に吼えています;; 

良かったら~(o^^o)


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09/19のツイートまとめ

tenjounoao_yume

ベトナムのひと時。。ちょっと眠かったので無理せず部屋で休みました(*^-^*) #ベトナム #ホーチミン市 https://t.co/PkAtH2pLcq
09-19 14:21

夫が韓国

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台風一過の青空。夫は今韓国です。家に一人は寂しいけれど、こういうのにも慣れないとなと思ったり。もともとすごーく依存的な私。少しは自立しないとな。。(;´Д`)


時々目標を立て直さないと

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時々、自分の目標を立て直して、調整するといいですよね。やろうと思ってたことが出来てなくて、延び延びになっているなどしたら、それを引きずっていると気になるので。
どこかに出掛ける計画があると、それに向けて準備するので、そういうのもあるとスピードアップする可能性もあるんですけどね。今のところ、しばらくは出掛けない予定なので。
少し調整して、気分よく、リスタートしようかな・・・(*^-^*)


09/16のツイートまとめ

tenjounoao_yume

ニャチャンでは安めの宿に宿泊。玄関に拝むための祭壇みたいなのがあって、フェイクのお金とか捧げられていました。どこの店にもあって、なんだか不思議。中華圏の影響なのかな(''◇'') #ベトナム #ニャチャン https://t.co/URUEjlLKWA
09-16 17:34

ホーチミン市に移動して一日目は孤児院に行きました。子供たちと遊んでプレゼントを渡して、お礼にと手作りのアクセサリーをいただきました。ベトナムの子供たちはシャイで目がキラキラ。一緒に遊んで笑っているのに、なんだか泣けてきました。。(… https://t.co/lTceJz2KqG
09-16 17:25

何かと中途半端な私

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何かと中途半端で、何やってるんだろうなぁ・・・という感じの私。
自分からは逃れられないので、あーあと思う事が多いです。
それでも気になっていたことは少しできたので、ひと段落したことが二つくらいあります。
物事を人の何倍もかかってしかできないけれど、それでも前に進んでいる面もあるかも。
あると信じて匍匐前進ででも進まないとな( ;∀;)



09/15のツイートまとめ

tenjounoao_yume

天正少年使節の千々石ミゲルは棄教しなかった? 墓からロザリオと見られるガラス玉などが出土 : 文化 : クリスチャントゥデイ https://t.co/q5r8peyr7Q
09-15 19:29

キリシタン遺産調査終了 ユネスコ諮問機関:日本経済新聞 https://t.co/LlOvrxOyn3
09-15 19:15

09/14のツイートまとめ

tenjounoao_yume

ベトナムで殉教したパリ外国宣教会の聖テオファン・ベルナール司祭に関するYouTube動画です。ベトナムでは政府公認の宗教しか布教してはならず、カトリックも少し前まで建物を接収されていました。#ベトナム #殉教者 https://t.co/B8kodLMpPM
09-14 17:15

エチオピア正教会の「新年」聖体礼儀を体験 聖ミカエル東京エチオピア正教会 : 教会 : クリスチャントゥデイ https://t.co/P0navhs3t0
09-14 09:06

聖テオファン・ベルナールのYouTube動画

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ベトナムで殉教したパリ外国宣教会の聖テオファン・ベルナール司祭に関するYouTube動画です。
ベトナムでは政府公認の宗教しか布教してはならず、カトリックも少し前まで建物を接収されていました。それゆえ「今も共産党は殉教について語らせてくれず、学校でもあまり話せない」と、映像の中でも語っているシーンがあります。↓は友人が訳してくれたものです☆

ベトナム 北部のトンキン地方で宣教に身をささげた聖テオファン・ベルナールについて》
ケチュ(Ke-Tru):今でも村人全員がカトリック教徒である。村の家々の最も敬拝すべき場所に彼の肖像画が飾られている。9歳のときからトンキンに行って宣教に身を捧げ殉教したいと話す。16世紀に宣教が始まったトンキンは時の領主が迫害をもっとも残酷に行ったところである。

彼の熱心は宣教不可能地域宣教会とも呼ばれていたフランス外国宣教会に訴えるほどだった。一度行ったら戻ってこれないところということは彼も知っていたことだ。最後は悲惨な状況で終わる。彼はついに1854年、25歳でその夢を果たしトンキンに到着する。それから7年の間、休みなく宣教しその身を捧げた。彼の献身は、村人の心をうった。今までそんなにも愛され敬われた宣教師はいないだろうというくらいに村人たち彼を愛し敬意をはらった。

今日もケチュ地域の村では全員がカトリック教徒である。彼は、そんなにも愛したこの村で今日この時も生きて働いているようだ。

(女性)「医者たちは私は心臓に病気があり手の施しようがないと言いました。夜、夢を見ました。誰かが、テオファン・ベルナールにとりなしてもらいなさいと言いました。翌日朝早く教会に行ってドアを開けてもらい祈りました。そうすると今までかいだことのないいい香りがしました。病院に戻って診察を受けるとこのように治った人は見たことがない、と医者に言われました。」

この女性がこのように証するのは、1世紀半前にテオファン・ベルナールが愛に燃えて自分を神とこのトンキンの人々にささげたからだ。血の最後の一滴までも捧げたからだ。彼は捕らえられ、裁かれ、歌いながら連れられ1861年に斬首された。31歳だった。彼の首は今日では大迫害の象徴である赤い川に投げ込まれた。ベトナムキリスト教共同体は愛する殉教者の首を捜索した。数日後、15キロ下流でケチュの漁師によって発見された。発見者の曾孫は今日も94歳を超え存命だ。彼の家に行ってみた。そこではこの話は世代を超えて引き継がれている。

(曾孫の話)曾祖父は最初に耳を見つけたが落としてしまった。もう一人が網で頭を救った。水から引き出してみると目が大きくあいているのをみて気絶してしまった。村に持って帰ってきた。ここに隠し場所のドアがあった。そのときは村人たちは頭をしばらく隠しておいた。隠し場から隠し場に移りそれからまたここに戻ってきた。今は村の教会に頭がい骨が保存してある。

(若者)私が最も感動したのは、彼が自分の人生を使命にささげたことです。彼は、他の宣教師と同じように、苦難と苦痛と悲惨な最期が待っていることを知っていたのに青春を捧げベトナムに来た。ここでは、村人たちは彼を特別にあがめている。

17-19世紀にかけてベトナムでは130000人が殉教しました。

迫害は領主の時代だけでなく1950年代の共産主義の時代にも続きます。特に北ベトナムではひどいものでした。

彼は死ぬ3年前にブットング(But-Dong)で宣教しました。トウ・ドゥック王の1858年には、迫害のためここに逃れてきたのですが、この町は全員がカトリックです。若い世代は必ずしも(宣教は)誰によるものかは知らないでしょう。共産党は殉教について語らせてくれないし、学校でもあまり話せないのです。でも彼は私の目標であり、彼の道を継ぎます。ベトナムを助けるために。とくにブッドングのために。カトリック教会は絶えず迫害に会いましたが、迫害はあっても信仰はなくならず、このこどもたちは、これを引き継ぐでしょう。


09/13のツイートまとめ

tenjounoao_yume

佐渡に行った旅行記「北国の使徒たち 2」https://t.co/0UB3ql5fhm ができました☆山中にあるキリシタン殉教地、キリシタン塚は美しい聖地となっていました。心霊スポットとして訪れる輩もいるとかで、「キリシタンは恨み残して死んでないから!」と叫びたかったです。
09-13 19:44

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由愛(ゆめ)

Author:由愛(ゆめ)
キリシタンのあしあとを求めて旅するサイト『天上の青』の管理人をしています☆

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